日本ロマンチスト協会

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日本ロマンチスト協会しらべ

指揮者から見たロマン派音楽の世界

  • ロマンス

音楽は「神」から「人」へ。
クラシック音楽が辿った魂の旅路

私たちは今、イヤホン一つで世界中の音楽を聴くことができます。よく、「この楽曲はヘビロテしてる」みたいなことを言っている方々がいます。
では、生涯で外国の他人が書いた同じ楽曲を何回も「ヘビロテ演奏」している人種をご存じでしょうか? そう、私たちシンフォニック領域のプレイヤーです。

僕の指揮者歴は30年を超えましたが、10回以上本番で指揮を振った楽曲はウン十曲、「もはや通すだけであれば、楽譜なくても出来るんじゃないのか?」とすら思える楽曲も多数? と思えるほど、何度も同じ楽曲に出会ってきました。でもちゃんと、毎回違う気付きや発見、サウンドが得られるんです。凄いんです。

しかし一方で、かつて音楽は「特別な場所」でしか鳴り響かないものでした。数百年という時間をかけて、音楽は天上の神から引き離され、一人の人間の心へ、そして私たちが生きる大地へと降りてきました。今回は、僕が指揮者として活動している中で感じている「ロマン派とは?」です。僕らはどうして、ロマン派の音楽にこんなにもとり憑かれているのか? について書いてみます。

今回は、関東圏のアマチュア・シンフォニック奏者へのアンケートを踏まえ、僕の指揮者としての経験とともに、クラシック音楽が辿った「神・人・情熱・故郷」を巡る4つのステップを、歴史を動かした名曲とともに紐解いていきましょう。

アンケートより(関東圏アマチュア・シンフォニック奏者)

・コンサートへ「何度も行ったことがある」と答えた人:約81%
・好きなジャンル:吹奏楽(95%)、交響曲(67%)、ピアノ曲(52%)が上位
・「クラシックは生き甲斐」「精神安定剤」「不可欠」という声が多数

① 源流:天上の秩序を映す「神様の音楽」

クラシック音楽の根源を辿ると、そこには必ず「教会」があります。中世からバロック時代にかけて、音楽の主な目的は神を称えることでした。

当時の人々にとって、音楽とは個人の感情をぶつける道具ではなく、宇宙の完璧な調和を再現するためのものでした。バッハ(J.S. Bach)に代表されるその響きは、緻密に計算された幾何学模様のように美しく、聴く者を静謐な祈りへと誘います。ここにあるのは「個人の叫び」ではなく、絶対的な「神がもたらす安らぎと秩序」です。

この時代の名曲:J.S.バッハ『G線上のアリア』
名演動画:Bach: Air on the G String (Netherlands Bach Society)

聴きどころ:乱れのない低音のリズムの上を、天に昇るような旋律がどこまでも続いていきます。

② 転換点:ベートーヴェンが放った「人間宣言」

この「神のための音楽」という静かな海に、巨大な石を投げ込んだのがルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンです。

彼は、耳が聞こえなくなるという音楽家にとって死にも等しい絶望に直面しながらも、「人の尊厳は、運命を超える」ということを訴えました。彼にとって音楽は、王侯貴族や教会のための装飾品ではなく、一人の「人間」の不屈の意志を表明するための武器となったのです。

今回のアンケートでも、「交響曲第9番(ベートーヴェン)」を最近聴いたコンサートとして挙げた回答者がいました。300年近く前の作品が今なお演奏され、感動を呼ぶのは、そこに「人間の普遍的な叫び」が込められているからではないでしょうか。

この時代の名曲:ベートーヴェン『交響曲第9番(合唱付き)』
名演動画:Beethoven: Symphony No. 9 (Chicago Symphony Orchestra)

聴きどころ:第4楽章、それまでの楽器だけの世界に突如として「人間の声」が割り込みます。神にひれ伏すのではなく、隣にいる人間と手を取り合い「歓喜」を歌い上げる。これは、音楽史における最大の「人間宣言」でした。

③ 展開:溢れ出す「個」の感情とロマン

ベートーヴェンが「人間にはこれほどの力がある」と示した後、時代は「ロマン派」へと突入します。作曲家たちは、よりプライベートな感情——激しい恋心、失恋の痛み、夢、夜の静寂、死への恐怖——を、隠すことなく音に託すようになりました。

もはや音楽は「正しい形式」に縛られません。ショパンの繊細なピアノは弾き手の吐息を伝え、リストの超絶技巧はスターとしてのカリスマ性を放ちました。音楽は、誰かの日記を覗き見るような、濃密な「個人のロマン」へと進化(深化)したのです。

アンケートでは、生演奏の感想として「心が喜怒哀楽の波を受けて揺れ動く感覚がとても気持ちよかった」「壮大なカタルシス」「身体が震えた」という言葉が並びました。これはまさに、ロマン派が目指した「感情の揺れを音で届ける」という本質に触れた体験といえるでしょう。

この時代の名曲:フレデリック・ショパン『別れの曲(エチュード Op.10-3)』
名演動画:Chopin: Etude Op. 10, No. 3 (Daniil Trifonov)

聴きどころ:言葉にできないほどの切なさが、ため息のようなメロディに凝縮されています。形式美を超えた「感情の揺れ」そのものです。

④ ひとつの結実:「人間の背景」としての国民学派

個人が自分の心を見つめ続けた結果、物語はさらに深い場所へと向かいます。「私は何者なのか?」「私のルーツはどこにあるのか?」という問いです。

19世紀後半、ヨーロッパ各地でナショナリズムが高まると、作曲家たちは自分の故郷の民謡や伝説、厳しい自然を音楽に取り入れ始めます。これが「国民学派」です。音楽は個人の感情を超えて、その人が生きる「風土」や「歴史」という、人間の背後にある大きな物語を描き出すようになりました。

アンケートでも「ドヴォルザーク/交響曲第9番『新世界より』」を実際に聴きに行ったという回答がありました。異国の地で故郷を想う郷愁——それはアマチュア奏者として日々練習を重ねる自分自身の「ルーツ」や「仲間への想い」と重なる部分があるのかもしれません。

この時代の名曲:アントニン・ドヴォルザーク『交響曲第9番(新世界より)』
名演動画:Dvořák: Symphony No. 9 (Vienna Philharmonic)

聴きどころ:第2楽章「遠き山に日は落ちて」のメロディ。移住した新天地(アメリカ)にいながら、心の奥底にある故郷(ボヘミア)を想う強烈な郷愁。個人の感情が、民族の記憶と分かちがたく結びついています。

結びに:あなたの感情が、すでにロマン派と響き合っている

神に捧げられた静かな響きから始まり、ベートーヴェンの叫びを経て、個人の情熱へ、そして故郷の物語へ。

今回アンケートに答えてくれた方々の言葉——「心洗われる」「壮大なカタルシス」「音楽は生き甲斐」——は、まさにロマン派が数百年前に音で描こうとした感情そのものです。

あなたが演奏するとき、聴くとき、胸が揺れ動く瞬間があるとすれば、それはすでに「ロマン」の中にいる証拠です。 クラシック音楽の歴史を辿ることは、私たち人間がどのように自分たちの心を発見し、肯定してきたかを知るプロセスでもあります。

そこには、数百年前にあなたと同じように悩み、戦い、そして人生を愛した人々の「ロマン」が、今も鮮やかに鳴り響いているはずです。

執筆者

柴田熊至(指揮者)
1977年長崎県生まれ。8歳より声楽、12歳よりトロンボーン、16歳より指揮をはじめ、これまでに指揮者、音楽トレーナーとして、オーケストラ、吹奏楽、和太鼓などアナログ楽器全般の領域において、延べ50団体5000人以上との音楽づくりをキャリアとする。
シンフォニックの分野では、6歳から70歳以上まで、様々なチーム・個人との音楽づくりを行い、オーケストラのメジャー作品の地域初演や、著著名な作曲家の吹奏楽作品の複数の世界初演などにも関わる。現在は、関東を中心に複数の楽団のトレーナーをしながら、様々なチーム・個人のレッスンにも取り組んでいる。
また、近年の教育問題のトピックでもある「部活動の地域移行」にも熱心に取り組んでおり、神奈川県秦野市をはじめ、複数のエリアで部活動の地域移行の支援を行っている。

柴田熊至 HP:Shiba Sound Project
https://sites.google.com/view/shiba-sound-project?usp=sharing

アンケート詳細
https://x.gd/pGHQ7

※権利関係について
YouTube動画:以下のチャンネルは、オーケストラや音楽祭の公式チャンネルであり、共有や埋め込みが一般的に許可されているものです。
・Netherlands Bach Society(バッハ協会)
・1972 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin(大手レーベル・メディア)
・Medici.tv / Deutsche Grammophon 等(大手レーベル・メディア)

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