読み物
ある日、カレンダーをめくっていて思い出しました。8月9日は「ハグの日」です。
八(ハ)と九(グ)で、ハグ。語呂合わせとしては、正直かなり強引な部類に入ります。それでも私たちロマンチスト協会の人間にとって、この日は年に一度の大事な日です。なにしろ我々は、ハグがいかに素晴らしいものかを、日頃から声高に主張してきた側の人間なのですから。
ですが、ふと不安になりました。
我々は本当に「ハグはいいものです」と胸を張れるのでしょうか。そして——世の中の人は、いま、どれくらいハグをしているのでしょうか。

ロマンの番人を自任する協会として、これは捨て置けません。我々はただちに調査に乗り出しました。
まずは足元を固めましょう。ハグの効能は、精神論ではありません。ここ20年ほどで、わりと真面目な科学の対象になっています。
米カーネギーメロン大学のシェルドン・コーエン教授らが2014年に発表した研究では、成人404名の「ハグの頻度」を日常的に記録したうえで、風邪ウイルスに暴露させるという、なかなか思い切った実験を行っています。
結果、日常的にハグを多く受けている人ほど、対人ストレスを受けても感染リスクが低く、発症しても症状が軽く済みました。ハグが、ストレスと免疫のあいだで緩衝材のように働いていたのです。
ノースカロライナ大学のキャスリーン・ライト教授らの研究(2005年)では、閉経前の女性59名を対象に、パートナーとの触れ合いとホルモン値・血圧の関係を測定しました。
頻繁にハグをしている女性は、血中のオキシトシン濃度が高く、安静時の血圧と心拍数が有意に低いという結果でした。抱きしめられると落ち着く、というあの感覚には、ちゃんと副交感神経の裏付けがあります。
ピッツバーグ大学のマイケル・マーフィーらの研究(2018年)は、成人404名を14日間追跡し、「その日、人と衝突したか」「その日、ハグを受けたか」「気分はどう変化したか」を突き合わせました。
結果は明快でした。トラブルがあった日でも、その日にハグを受けていた人は、ネガティブな気分の増え方が抑えられ、ポジティブな気分も保たれやすかったのです。
嫌なことを消してくれるわけではありません。ただ、効き方が「クッション」なのです。これは覚えておいてください。あとでもう一度出てきます。
デューク大学医学部が約500名の乳幼児とその母親を30年以上追跡した縦断研究(2010年)では、乳幼児期に母親から深い愛情表現を受けて育った人は、30代になっても感情的に安定しており、不安傾向が低く、高いレジリエンスと自己肯定感を持っていることが示されました。
国内にも良いデータがあります。東邦大学の研究グループは2020年、生後4か月以上の乳児が「見知らぬ人」ではなく「両親」からハグを受けたときにだけ、心拍間隔が明確に広がる——つまりリラックスすることを確かめています。
ほめ言葉は、どうしても条件付きになりがちです。「100点を取ってえらいね」は、100点でなかった日に効きません。ハグは違います。「あなたがあなたであるだけで大切だ」を、言葉を使わずに、身体ごと伝えてしまうのです。
ここからはかなり乱暴な試算になりますが、面白いので紹介させてください。
幸福経済学には、人生の出来事がもたらす幸福度を年収に換算するという研究分野があります。英国の研究では、友人・家族との良好な関係は年間約8万5000ポンド(およそ1500万円)の年収増に相当する幸福度をもたらす、という推計が出ています。
さらに海外のコラムでよく見かける換算では、20秒以上のハグ1回を、ストレス軽減効果の面から「1000〜3000円相当」と見積もります。精神科医ヴァージニア・サティアの有名な言葉「生きるためには1日4回のハグが必要」に当てはめると、1日約4000円分、年間で約140万円分のセルフケアに相当する計算になります。
実際、欧米には性的な意味を含まない抱擁のみを提供する「プロフェッショナル・カドリング」という職業が存在し、その相場は1時間あたり80〜120ドル(約1万2000〜1万8000円)です。人が肌の触れ合いに対して現実に支払っている額として、これは相当なものだと思います。
もちろん、この手の換算は厳密な経済学ではありません。ですが少なくとも、「ハグはタダである」という事実の価値は、我々が思っているよりはるかに大きいのです。
つまりハグは、誰とでもすればいいというものではありません。関係のある人と、ちょっと長めに。 これだけです。
さて、ここまでで「ハグはいい」ということは、だいたい確認できました。
問題はここからです。では、みんなハグしているのでしょうか。
というわけで、全国の20〜49歳の既婚男女300人を対象に、緊急アンケートを実施しました(2026年7月30日、Freeasy実施/日本ロマンチスト協会調べ)。

最も多かった回答は——「まったくしない」。38.33%。
……4割弱。ハグの日を祝おうとしていた矢先に、なかなかの数字が出てきました。

もっとも、視点を変えれば、年に一度でもハグをする人は61.7%。「ほぼ毎日」も18.67%います。ハグが日常にある家庭は、決して少数派ではありません。
ただ、それでも。既婚のご夫婦の10組に4組が、一年を通じて一度も抱きしめ合っていない、ということでもあります。

首位は「もともとハグをする習慣がない」で29.67%。
これは、減ったのではありません。最初からなかったのです。
続く「今も変わらず日常的にしている」26.33%は喜ばしい結果ですが、その次に来た項目に、協会は少し考え込みました。「出産や育児が始まってから」17.33%。
家族が増えて、愛情の総量はきっと増えているはずなのに、夫婦のあいだのハグは減ります。子どもを抱っこする腕は、一日に何十回も動いているのに。この皮肉は、どこの家庭にも心当たりがあるのではないでしょうか。

「今くらいでちょうどいい」が39%で最多。そして「もうしたいと思わない」が27.33%。
正直に言えば、少し寂しい数字です。ただ、ここで注目したいのは、その反対側にある29.33%のほうです。
「もっとしたい」13%と「今より少し増やしたい」16.33%。合わせて約3割の人が、いまより多くハグをしたいと思っています。
言い方を変えます。日本の既婚者のおよそ3割が、いま、ハグ不足を自覚しているのです。
そして、これは統計上ほぼ確実に起きていることですが——そのうちの何割かは、同じ屋根の下にいる相手も、同じことを思っています。

もう一つ、見過ごせない結果があります。
「増やしたい」と答えたのは男性36.0%に対し、女性22.7%。逆に「減らしたい・もうしたいと思わない」は男性24.7%に対し、女性38.7%。「もうしたいと思わない」に限れば、女性は男性のおよそ1.6倍でした。

ここは慎重に読みたいところです。既存の調査では、20〜30代独身男女のうち「ハグが好き」と答えたのは男性54.2%、女性62.1%と、むしろ女性のほうが高いという結果が出ています(結婚相談所オーネット調べ)。
つまり、女性がハグを嫌いになったわけではないのです。 好きだったはずのものが、結婚と育児を経るあいだに、いつのまにか「もういい」に変わってしまうのです。その間に何があったのかを想像することのほうが、この数字を眺めるより、ずっと大事な気がします。
ハグをしたい側は、まず「したい」と言葉にすること。そして受ける側の「いまはちょっと」も、同じだけ尊重されること。ハグは、片方の善意だけでは成立しないのです。
好きなはずのものを、しなくなります。理由もはっきりしないまま、自然と減っていきます。恥ずかしさと、照れと、忙しさが、少しずつロマンを削っていきます。
日本ロマンチスト協会は、この小さなロマンティックなアクションを、今後も推奨していきます。
「何でもない日でも、ただ抱きしめてみませんか?」
ハグをしない理由は、いくらでもあります。恥ずかしい、習慣がない、子どもがいる、忙しい、もうそういう歳じゃない。どれも、よくわかります。協会として、否定するつもりはまったくありません。
でも。それでも。
8月9日という日だけは。
一年でたった一日、「ハグの日だから」という、これ以上ないくらい間抜けな言い訳が世の中に用意されている日だけは。
家族に、パートナーに、久しぶりに会う友人に。20秒だけ、ぎゅっとしてみるのは、どうでしょうか。
タダです。準備もいりません。効果には論文がついています。
照れても、うまくいかなくても。たぶん、その20秒は悪いものにはなりません。
記事:研究員 柴田 英知
調査概要
調査内容:ハグに関する調査
調査対象:全国の20〜49歳の既婚男女300人(男性150人/女性150人)
調査方法:インターネット調査
調査期間:2026年7月30日
調査機関:Freeasy
調査主体:日本ロマンチスト協会
※本調査結果をご利用いただく際は、「日本ロマンチスト協会調べ」と明記ください。
※%は小数点第3位で四捨五入しています。
【主な参考資料・出典】2026年7月31日閲覧
ハグの効能に関する研究
ハグに関する既存の意識調査
令和8年熊本地震
……ここまで書いたところで、どうしても、記事を書き足したくなりました(ごめんなさい)。
僕は九州出身で、10年前も余震の収まらない熊本市内に炊き出しに行かせていただいたご縁があり、今回の調査予想以上の効能がある「ハグ」を被災地でのライフハックとして提案することを許していただきたいな、という想いでおります。
2026年7月28日、熊本県を震源とする最大震度7の地震が発生しました。7月31日午前7時半の時点で、県内では390か所の避難所が開設され、9,000人以上の方が避難生活を送っています。亡くなった方も報告されています。心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。
正直に言えば、この状況で「ハグの日と震災を結びつけることが正しいのか?」協会内でも議論がありました。なので、この結びは、不快な方は読み飛ばしてくださってもOKです。
けれど、第一部で紹介した研究を読み返して、考えが変わりました。
ピッツバーグ大学の研究が示したのは、「ハグは嫌なことを消してくれる」ではなく、「嫌なことがあった日のダメージを、少しだけ和らげる」でした。カーネギーメロン大学の研究も、ハグが効いていたのは、まさにストレスにさらされている最中でした。
ハグの効果は、幸せなときのおまけではありません。むしろ、しんどいときにこそ発揮されるものだったのです。
そして、ハグには電気がいりません。水道もガスも、電波も、お金もいりません。物資が届くのを待つ必要もありません。避難所という場所で、いま、誰にでもできることの一つです。
だからロマンチスト協会は、敢えてこう申し上げたい。
もし、隣にご家族がいるなら。20秒だけ、抱きしめてみてください。
ただし、これは万能薬ではありません。書いておかなければならないことが、いくつもあります。
それでも、と思うのです。
不安で眠れない夜に、隣にいる誰かの体温が、ほんの少しだけ心拍を落ち着かせてくれるなら。そのささやかな効き目には、20年分の研究の裏付けがあります。
被災地の皆様だけではなく、ニュースを見て不安になっている皆様にも、祈りを込めて。
柴田 拝
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