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『平成恋愛展』に潜る——なぜ私たちは、あの不器用な恋を忘れられないのか(前編)

  • ノスタルジー

待たなくていい。迷わなくていい。傷つく可能性さえ、最初から回避できる。
効率、コスパ、タイパ。現代社会は、あらゆるものに「最短距離」を求めてきました。
けれど、何もかもがスムーズに進みすぎるこの時代に、どこか息苦しさを覚えている人もいるのではないでしょうか。

こんにちは。日本ロマンチスト協会研究員の佐藤(around 40)です。

2026年5月。新緑の匂いが、まだ少し若い希望のように街を包むころ。
私たち研究員のメンバーは、六本木ミュージアムで開催されている『平成恋愛展』へと向かいました。

SNSでも話題になっていて、「平成の恋愛、そんなにみんな懐かしいのか」と、半分は興味本位の気持ちもありました。けれど、そこに並んでいたのは「不便だった時代の道具」ではなく、かつて私たちが誰かを本気で好きだった頃の、感情そのものだったのです。

好きな人からの連絡だけ着メロを変えて、その音が鳴った瞬間に世界が一変する。
友達から教えてもらった好きな人のブログをこっそり見に行って、そこに知らない誰かの気配を感じて勝手に落ち込む。
好きな人に近づく口実を作るためだけに、同じクラスの友達のところへ、わざわざCDや教科書を借りにいく。

いま振り返れば、あまりにも不器用で、少し恥ずかしい。
けれどそこには、いまのスマートフォンの滑らかな画面からはこぼれ落ちてしまうような、人間の体温がたしかにありました。

その入口をくぐった瞬間、私たちはゆっくりと、あの平成の空気へと引き戻されていきます。
そして気づかされるのです。私たちが懐かしんでいたのは、平成という時代そのものではなく、未来に恋をしていた頃の自分だったのかもしれない、と。

一歩足を踏み入れれば、そこはあの頃の放課後。夕暮れの光のなかで、未来に恋をしていた不器用な記憶が蘇ります。

不器用だったからこそ、あの恋はロマンになった

学校の教室や懐かしのガジェットなど、平成の30年間を再現した空間を歩いていると、あることに気づかされます。メディアが進化するごとに、恋愛から「不確かさ」が少しずつ失われていったのです。

思いを伝える手段が限られていた頃、私たちは一回の連絡に、世界のすべてを賭けていました。「センター問い合わせ」のボタンを何度も押しながら、夜中に一喜一憂していた、あの時間。返事が来るかどうかわからない、そのたった数分、数十分が、どれほど長く感じられたことでしょう。

いまはLINEひとつで済む連絡も、当時はチョークやペンの音とともに残されていた。
不便だからこそ、一文字に宿る熱量は大きかったのかも。

さらに、平成の恋は決して二人だけの世界ではありませんでした。
友達と夜な夜な書いた交換日記。授業中、先生の目を盗んで回した手紙。好きな人の一挙一動に揺れる気持ちと、それを自分のことのように応援してくれる友達の言葉。そうしたやりとりは、ただの連絡手段ではなく、恋を支えるセーフティーネットそのものでした。

くしゃくしゃになった紙のシワひとつに、手渡されたときのドキドキ感が残っているよう。
デジタルには残らない、触れることのできる「あの頃の記憶」。

そして、お小遣いを握りしめて通ったTSUTAYA。

好きな人に貸したい一枚を探して、棚の前を何度も行き来する。逆に、好きな人から勧められたCDを探しに行く。その一枚には、音楽だけでなく、放課後の空気や、ファミレスでドリンクバーを何杯もおかわりしながら語り合った時間まで、まるごと閉じ込められていた気がします。

いま思えば、ずいぶん不便な仕組みです。
けれど、その遅さと不確かさこそが、ときめきを何倍にも膨らませていたのではないでしょうか。
一回の連絡に重みがあったからこそ、その切実さが、そのまま恋愛のロマンへと変わっていたのだと思います。

奇しくも2026年3月、FOMAとiモードはその歴史に完全な幕を下ろしました。
パカパカの携帯の向こう側に広がっていた、あの巨大な「恋愛文化圏」がひとつの区切りを迎えた年に、この展示が開かれている。そのこと自体に、どうしようもない哀愁を覚えずにはいられません。

以前、日本ロマンチスト協会ジャーナルでも「iモードの終焉と、私たちが失った『愛おしい不便さ』」として、このテーマを考察しました。あの「センター問い合わせ」の一秒に、私たちがどれほどのロマンを詰め込んでいたのか。もしよければ、あわせて読んでみてください。

いまはLINEやSNSによって、気持ちを伝えるコストはほとんどゼロになりました。
その一方で、私たちは別の種類の恐怖を抱えるようにもなっています。
二人だけのはずだった感情が、スクリーンショット一枚で切り取られ、思いもよらない場所へ拡散してしまうかもしれない。

つながりやすさの代償として、私たちは感情の鍵を完全には外せなくなった。
だからこそ、物理的に閉じていた平成の「不便な秘密」が、いまや贅沢なロマンに見えるのかもしれません。

【後編につづく】
後編では、私たちがこの「懐かしさ」に惹かれる本当の理由と、AIが最適解を出すこれからの時代における「ロマンの行方」について考えていきます(2026年6月4日公開予定)。

▼今回体験したプログラムはこちら 「平成恋愛展」
https://heiseirenai.jp/

記事:研究員 佐藤 千春
体験メンバー:研究員 大森 千春、研究員 藤明 美幸

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