読み物
スマホを片手に“ながら食べ”が日常だった筆者が、中国茶を初めて体験し「こんなに食に没頭したのはいつぶりだろう?」と衝撃を受けたことが、取材のはじまりでした。(「マインドフルめしのススメ」より)
中国茶をもっと深く知りたい! そんな想いで訪ねたのが表参道の中国茶専門店・遊茶(ゆうちゃ)の嶌さん。
底知れぬ中国茶の世界を冒険するうちに、自分の感覚がひらき、人とのつながりが生まれ、ときに人生まで思わぬ方向へ広がっていく。そんな「ときめき」の深層を、たっぷり伺いました。

嶌 真弥(しま・まや)さん
北京での暮らしをきっかけに中国茶に惹かれ、お茶の世界へ。現在は表参道の中国茶専門店・遊茶の企画・バイヤーとして中国茶の魅力を伝えている。
幼少期を香港で過ごし、お茶がごく身近な存在だったという嶌さん。 それは「中国茶」とあえて意識するよりも、自身の根底に息づく“ふるさと”のような感覚に近いものでした。
そんな嶌さんが中国茶に「ハマった」きっかけは、パートナーの赴任先である北京での暮らし。街のそこかしこにお茶屋さんがあり、「飲みながら選ぶ」のが当たり前。そんな文化に触れた瞬間、忘れていたときめきが、一気に押し寄せたのです。
今も鮮やかに蘇るのは、お茶屋が軒を連ねる「茶城(ちゃじょう)」の光景です。
恐る恐る足を踏み入れた広東烏龍茶の専門店で、出会った一杯。その香りと味わいの虜になるまで、時間はかかりませんでした。
「最初は、『日本人の女の子が来たよ』みたいな、そっけない感じでした。でも何度も通うようになって、こういうの美味しいねとか喋っているうちに、店の奥から売り物とは別のものまで出してきてくれて。『これどう? 俺がたまに飲んでるお茶だよ』なんて言われることもありました。その時、私は“客”じゃなくて“お茶仲間”として見られてるのかもって、すごく感動したんですよね」
——文化も言葉も違う中で、「通じ合える」のがお茶の力なんですね。
「中国に〝茶縁〟という言葉があるように、お茶一つで、出会わなかったはずの人と出会えて、話ができる。一杯のお茶から、いろんな意味で世界が無限に広がるんですよ。例えばリラックスや自分と向き合うためのお茶だけではなくて、中国茶の歴史を辿っても良いし、料理との組み合わせを吟味したり、科学的に香りを分析したって良い。どんな方向にも行けるんです」

「北京で驚いたのは、中国茶って、一生かかっても飲みきれない種類と量があるんです。だから毎日がワンダーランドみたいなんですよ。どこへ行っても何かがある。新しいものがある。美味しいものに出会えたときは、もうこの上なく幸せでした」
——お茶選び=自分がときめく味を見つける冒険なんですね。とてもワクワクします。
「お店で片っ端から選ぶのが本当に楽しいんですよね。私はもともと“香り好き”なので、試飲しながら自分の好きな香りに“当たった瞬間”がたまらない。中国茶は特に香りが主役になるお茶も多いので、私がドキドキするポイントを、中国茶がちゃんと返してくれる感じというか。そこが中国茶にはまったきっかけだったのかもしれません」

——茶道みたいに作法が厳粛な印象があったんですが、決まりごとはないんですか?
「茶藝と呼ばれる作法は、実は台湾が発祥といわれていて。私の理解では、中国茶って美味しく楽しく飲めばそれ以上でもそれ以下でもない。もちろん茶席でかっこよく飲むこともできるのですが、作法とかしきたりとか、こうしなければならないっていうものはないんです」
嶌さん曰く「中国茶の楽しみ方は自由自在」。自由で、なんでも受け止められる懐の深さが魅力だと語ります。
「例えば烏龍茶・単欉(たんそう)の産地、広東省 潮州(ちょうしゅう)では公園でガスボンベを持ってお湯を沸かしながら、若者2人が道端で片手にスマホ、片手に蓋碗でお茶を淹れながら喋ってたり。緑茶・龍井茶(ろんじんちゃ)の産地に行けば、西湖(さいこ)のほとりでガラスコップに茶葉を入れて、おじさんたちが飲んでたりもします。私が住んでいた北京では、タクシーの運転手さんは大抵マイボトルにジャスミン茶だし」
——想像以上に自由だ(笑)。産地も種類も膨大な中国茶だからこそ、飲み方にも「絶対」はないんですね。自由だからこそ、最初の一歩は迷いやすい気もします。選び方のコツはありますか。
「寒くなってきたら、自然と体が温まる感じのお茶を飲みたくなりますよね。色の濃いものは温まる感じがあるし、薄いものは清涼感がある。冬に紅茶やほうじ茶が美味しく感じて、夏は氷を入れたくなるのと同じで、“いま、これが飲みたい”っていう感覚に素直になる。自分のときめきの感覚を大事にしてあげると、心地よいものに出会えると思います」

北京から帰国した嶌さん。日本では「お茶の話ができる人がいない」と、もどかしい日々を過ごすことに……
そんな折ふと目にとまったのが、表参道の『遊茶』でした。

「ふらっと入ったら、北京のようにお茶缶が並んでいる光景が嬉しくて。店員さんに思わず『ここ、いいですね。お茶の仕事ができて』と口にしていたんです」
——心の声が漏れてる(笑)
「そうしたら『今、求人してます。ホームページをご覧ください』って言われて。応募して行ってみたら、『あなたがしたいことができるか分からないけど、来てみますか』って、なぜか採用されて。後から聞いたら、実は別の方を採用した後だったらしいんですけど……気づけばもう7〜8年。お茶の縁って本当にすごいんですよ」
——なんてドラマチック……「ときめき」が、思わぬ縁をつないでくれたんですね。
——中国茶に没頭する心地よさを、日常でも味わうにはどうすればいいのでしょうか。お茶と向き合う際、嶌さんが大切にしていることは何ですか?
「中国の茶農家さんたちが使う“看茶做茶(kàn chá zuò chá)”という言葉があります。製茶する時、例えば萎凋(いちょう)させる=茶葉の水分を何時間蒸発させればいいとか一律ではなく、その都度、天気や気温、茶葉の状態を見ながら、どうやったらこれが美味しく作れるだろう、とお茶の声に耳を傾けるという意味です。
だったら私は“看茶泡茶(kàn chá pào chá)”=そのお茶を見て、お茶を淹れる を大切にしようと思いました。誰かが手間暇かけて作ったこの子(茶葉)をどうしたら最大限に美味しく飲めるんだろうと考えることを大事にしています」

淹れ方はシンプルで、茶器はどんなものを使ってもいい。一般的な日本茶の緑茶などとは違い、先ずは沸騰した熱々のお湯を注いでみてください。
「お客様から『昔飲んだあのお茶と同じものをください』って言われることもあります。気持ちはよく分かるんです。でも、同じお茶でも二度と同じ味にはならない。昔の恋人の写真を見て“この瞬間に戻りたい!”とおもうのと同じで、ほぼ再現不可能です(笑)。中国茶は一煎ごとに香りも味も変わるし、同じ農家さんが作っても、ロット(同一の製造単位)や年ごとに表情が違う。この一杯は、今この瞬間にしかない。だから愛しいんです」
理屈ではなく、“今の自分”の感覚に集中する。中国茶のときめきは、お茶を超えて、日々の生き方にまで染み渡ります。
数えきれないほどの銘柄があり、産地も淹れ方も千差万別。中国茶の世界には、「こうあるべき」がない。そこに、ふっと肩の力が抜けるような心地よさがありました。
誰かが決めた正解ではなく、その日、その時の自分の感覚で楽しんでいい。昨日の自分と今日の自分で「好き」が変わっていくのも、自然なことだと思えます。むしろ変わっていくからこそ、愛おしい。
中国茶のときめきは、そんなふうに「今、この瞬間」を味わうための、静かで頼もしい入口になってくれるのかもしれません。

YouCha 遊茶(ユウチャ)
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-8-5
【営業時間】12:00~18:00
【定休日】水曜日(祝日の場合は営業)、年末年始
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記事:研究員 大森千春
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