読み物

好きな人に送ったLINEのやり取りにヤキモキ……。
そんな経験、ありますよね。
しかし、そのヤキモキをはるかに上回るのが、かつての「家電(いえでん)」です。
私たちが学生時代を過ごした1970年代半ばから90年代の終わりにかけて、好きな人と話すためには、その子の家の固定電話にかけなくてはなりませんでした。電話をかける瞬間は、まさに「一世一代の大勝負」。受話器を持つ手が震えるほどの緊張感があったものです。
なるべく、お父さんがいない時間を狙ってダイヤルし、本人やお母さんが出るとホッとしたもの。もしお父さんが出ようものなら、思わず「ガチャ」っと即切りなんて時も……。
あの頃のドキドキ感は、まさに「恐怖を乗り越えて進む勇者」です。そこには不便ゆえの憂いと、独特の余韻がありました。そんな恋愛の風景を、一変させたのがiモードです。1999年2月に始まったサービスですが、今月末(2026年3月末)に、ついに27年間の幕を下ろそうとしています。
今の若い世代にとって、固定電話はもはや「未知のデバイス」に近いのかもしれません。
2024年度の情報通信白書によれば、固定電話の世帯普及率は54.9%。65歳以上の世帯では80%を超えているのに対し、生まれた時から携帯電話がある20代ではわずか3.1%、30代でも8.3%という驚きの低さです。
固定電話の減少は、単なる通信手段の変化ではなく、「相手の家族」という障壁を乗り越えて愛を育む、あの泥臭くもロマンチックなプロセスの消失を意味します。

iモードの話題の前に、日本の携帯電話の歴史を軽くふり返ってみましょう。
初期の自動車電話の重さは、なんと7kg!
肩に下げて持ち運ぶ「ショルダーホン」ですら、約3kgもありました。
通話料金も月額3万円ほどと非常に高額な、まさに「別世界の道具」ですね。

その後、1990年代に通信方式がデジタル(PDC方式)へと移行したことで、端末の小型化が進み、1990年にiモードが登場します。それまでの「通話と短い文字制限のあるメッセージ」中心だった携帯電話の世界は一変。ネット接続や画像配信など、劇的に多機能化が進みます。
しかし、日本の携帯電話は世界標準(GSM方式)とは異なる独自の進化を遂げることになるのです。その様子は、独自の生態系を築いた「ガラパゴス諸島」にちなみ、「ガラパゴス化した携帯電話(ガラケー)」と呼ばれるようになりました。実は、今、私たちが当たり前のように使っているスマホの機能の多くは、この「ガラケー時代」に日本で生まれたものなのです。

ガラケーに搭載され、今や当たり前にスマホに用いられている主な機能を上の表にまとめました。世界中で多くの人が使っているさまざまな機能が、日本企業の努力と、当時のユーザーの「もっと便利な機能があるといいな」という想いの結びつきによって誕生したことがわかります。
当時、キャリア(ドコモ、au、ソフトバンク)が求める高い要求に合わせ、NECやパナソニック、富士通、シャープなどのメーカーが、世界をリードする最新技術でしのぎを削っていました。このキャリア主導の強力な体制があったからこそ、次々と新しい機能が商用化され、世界でも類を見ないほどリッチなモバイル文化が花開いたのです。

なかでも、私たちの生活を大きく変えたのは「絵文字」です。それまで、限られた字数で無機質なメッセージのやり取りに留まっていたコミュニケーションが、iモードの開始を境にガラッと変わりました。
1999年当初、わずか176種類だったドット絵の絵文字は、今や世界共通言語「Emoji」となり、3,953種類(2026年3月現在)にまで増えています。
2010年に国際規格「Unicode※」に採用されたことで世界中に波及し、現在はMacやWindows、スマホの枠を超えてあらゆるデバイスに標準搭載されています。
※Unicode(ユニコード):世界中の文字表現に対応するために欧米を中心に提唱、制定された国際的な文字コードの共通規格。
2014年には、7月17日が「世界絵文字デー(World Emoji Day)」に制定されました。Z世代に支持されているキーボードアプリ「Simeji(シメジ)」が発表した2025年の調査結果(世界16か国対象)では、驚きの絵文字利用結果が出ました。

◆ 2025年上半期、世界1位の絵文字は「😭(大泣き)」
日本においても、「😭」が1位に。単なる悲しみだけでなく、うれしさや共感など、感情の極まりを表す記号として定着しているようです。2位には、焦りや困惑を表す「💦」、3位には驚きや強調を表現する「‼️」がランクイン。言葉のニュアンスを、絵文字で和らげたり補足したりする、日本人らしい細やかな気遣いが反映された結果と言えるのではないでしょうか。

iPhone(アイフォーン)に日本単独で絵文字が採用されたのは2008年。これを機に、絵文字は2011年に世界へ羽ばたきました。アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏は、日本の技術を高く評価する一方で、キャリア主導の開発に疑問を持っていたと言われています。
また、ジョブス氏は自分の子供たちにはスマホやタブレットの使用時間を厳しく制限し、夜は子供とともに本を読み、議論する時間を大事にしていました。テクノロジーが子供の好奇心や、人間関係に与える影響を危惧し、あえて手間のかかる「アナログな対話」を優先していたのです。
実は、脳トレの監修でも知られる東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授も同様の警鐘を鳴らしています。
「スマホを含むネット漬けの子どもほど、人の気持ちを理解したり、場の空気を読んだりするような高次なコミュニケーションをつかさどる『前頭前野』を中心に、脳が発達していないことがわかった」
「24時間いつでも繋がれる便利さ」は、皮肉にも、恋愛において最も大切でロマンチックな情緒の源泉である「相手を想い、推し量る力」に影を落としているのかもしれません。

スマホが登場して以来、カップルでいても互いにスマホの画面を見ている風景が当たり前になりました。便利さと引き換えに、私たちは大切な何かを忘れているように思えます。
郷ひろみさんの名曲「よろしく哀愁」(1974年)には、こんなフレーズがあります。
「会えない時間が愛 育てるのさ 目をつぶれば君がいる」
現代はあまりに忙しすぎて、会えない時間が育む情緒や憂いを味わう余裕がないのが実情です。だからこそ今、人のぬくもりが感じられる手帳や手紙への回帰が始まっているのかもしれません。
自分の気持ちを紙に綴り、静かに自分の想いと向き合う。そんな「自分軸」を取り戻す時間こそが、情報の洪水から抜け出し、現代を健やかに生き抜くための「最高のデトックス」になるのではないでしょうか。
記事:研究員 佐々木 倫子
【主な参考資料・出典】 2026年3月17日閲覧
※本記事は上記資料に加え、関連メディアの公開情報を対象としたデスクリサーチ(編集者調べ)に基づき作成しています。
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