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平成女児ブームの向こう側――なぜ人は、何度も過去を流行させるのか

  • ノスタルジー

「平成女児」ブームとは何か

「平成女児」。——最近、ネット記事やショッピングサイトなどで目にする機会が増えた言葉だ。2025年の「新語・流行語大賞」ノミネート30語に選ばれたことで、その存在を意識した人も多いだろう。

ここで言う平成女児とは、平成期(おおむね2000年前後)に小学生として育った女性たちが親しんだ、文具やキャラクター、装飾感覚などを中心とする文化的記憶を指す。

象徴として挙げられるのは、サン宝石のキラキラ文具、プリクラの落書き、ラインストーンやシールでガラケーを盛った「デコ電」、プロフィール帳やシール帳。アニメなら『美少女戦士セーラームーン』、ゲームなら『たまごっち』。ナルミヤ系のブランド服も、この感覚を語るうえで欠かせない。

パステルカラー、リボン、星、ハート、ラメ。「かわいい」を控えめに整えるのではなく、重ねて、盛って、あふれさせる。平成女児文化は、そうした過剰さを前提とした美意識によって形づくられていた。

そして近年、当時のリアル世代を中心に、こうした感覚やアイテムを今の暮らしに引き寄せる動きが目立つようになった。これを「平成女児ブーム」、あるいは単に「平成女児」と呼ぶ言い方が広まっている。

ただしこの記事の目的は、平成女児ブームの具体例を網羅することではない。日本ロマンチスト協会の研究員としては、この現象を一歩引いた視点から眺めてみたい。なぜ今、こうした「過去の感覚」が流行として立ち上がってくるのか。その背景を考えていく。

これは、平成女児だけの話ではない

似た風景は、これまでも何度も繰り返されてきた。大正ロマン、昭和レトロ、90年代リバイバル、Y2Kファッション。時代やモチーフは違っても、「過去のある瞬間」が切り取られ、現在に呼び戻される構図は驚くほど共通している。

そこでは二つの感覚が同居する。当時を知る人には「懐かしい」。知らない世代には「新しい」。そしてその過去は、完全には再現されない。色合いは整えられ、素材は更新され、使われ方も今の生活に合う形へ調整される。

平成女児ブームも、まさにこの延長線上にある。これほど似た現象が周期的に現れる以上、「誰かが仕掛けた商業ブーム」と片づけるのは少し無理がある。平成女児は、その最新事例にすぎない。

1970年代頃に流行した昭和レトロなデザインも近年人気を集めている

人はなぜ「過去」を流行させるのか

人は、未来よりも過去を語りたくなることがある。そこには、人間の心が無意識に選び取ってきた「安全な戦略」があるのかもしれない。

心理学では、懐かしさは後ろ向きな感情ではなく、不安や孤独といった揺らぎをやわらかく受け止める感情だと整理されてきた。これを裏づけたのが、認知心理学者の楠見孝氏を含む国際研究チームによる調査(2024年)だ。5大陸28の国と地域、2600人以上を対象とした調査の結果、懐かしい出来事を思い出すことが、社会的つながり、自己の連続性、人生の意味、人生満足度を高めることが確認された。

さらに日本では、これらに加えて自尊心も高まっていた。懐かしさは、「自分には価値がある」という感覚にも静かに作用していたのである。

懐かしさは「自分には価値がある」という感覚につながっている

過去は、結末を知っている物語だ。どこへ着地するか分かっているからこそ、人は安心してそこに浸れる。懐かしさは、努力や達成をあまり必要としない、感情的コストの低い幸福なのだ。

日本ではなぜ強く可視化されるのか

前述の通り、懐かしさの仕組み自体は、文化を越えて共通している。だが日本では、それが「流行」や「様式」として、特にくっきり可視化されやすい。

理由のひとつは、日本が「時代の区切り」を名前で共有してきた社会であることだ。昭和、平成、令和。年号は、個人の人生と社会の時間を言葉の上で重ね合わせ、記憶を世代単位で共有しやすくする。

もうひとつは、共通体験の密度である。制服、文房具、キャラクター。日曜に同じアニメを観て、学校でシールを交換する。そうした小さな共有が、色や形として記憶に残る。日本では、世代の記憶が「語り」よりも「モノや色」として保存されやすい。

大人になってからも、それらはふとした拍子に生活の中へ差し込む。ここで、「日本では懐かしさが自尊心を高めていた」という研究結果が意味を持ち始める。

平均的な日本人は、自尊心を満たそうとして強い自己主張を繰り広げることはない。代わりに、共有された過去を振り返ることで、「ここまで生きてきた自分」をそっと肯定する。その回路が、日本では比較的自然に働いているのかもしれない。

平成女児ブームが示している、もう一つのこと

もう一つ見逃せないのは、このブームが「幼さ」「弱さ」「過剰さ」を肯定している点だ。効率よく、賢く、強くあることが求められる社会の中で、平成女児的な装飾は合理的とは言いがたい。だからこそ、心が緩む。

何かを達成しなくても、役に立たなくても、「そうだった自分」を一度肯定する。平成女児ブームは、そんな感性が今の空気に必要とされていることを示している。

人は、何度も過去を呼び戻す

過去を振り返る行為は、逃避ではなく確認である。平成女児ブームは、その確認がたまたま「かわいい形」をしていただけだ。

次に流行する過去も、きっとすでに誰かの記憶の中にある。まだ名前を持たず、まだ光を当てられていないだけで。人はこれからも、必要なときに必要な形で、過去を呼び戻していく。それは、人が人であり続けるための、ごく自然な営みなのだろう。

少し先の未来には、今この瞬間が懐かしい過去になる

記事:研究員 佐々木 康弘

【主な参考資料・出典】 2026年1月27日閲覧

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