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9月4日は「ク(9)ラシ(4)ック」の語呂合わせにちなんだ「クラシックの日」。クラシック音楽と聞くと、「堅苦しい」「敷居が高い」「もう若い人は聴かない」そう感じる方も多いのではないでしょうか。
しかし、私は指揮者として言いたい!「断じて、断じて否である!」と。
クラシック音楽は、絶滅していません。むしろ、姿を変えていまも私たちのすぐそばで生き続けています。
その証拠に、あのドラマのメインテーマを聴いてみてください。TBS系日曜劇場『VIVANT』(音楽:千住明氏)。砂漠を疾走する主人公たちとともに流れるあの重厚なテーマ曲に、「映画音楽みたいでカッコいい」「聴いているだけでゾクゾクする」と感じた方は多いはずです。
SNSでは、こんな声も見受けられます。
「メインテーマを聴くと、別班員になった気分で仕事が捗る」
「家事をしているだけなのに、重要な任務に就いているみたいで興奮する」
わかります。とても、わかります。
ただ、これは『VIVANT』にかぎった話ではありません。私たちは、映画やドラマの劇伴に、しばしば理由もわからないまま心を動かされています。では、なぜクラシック音楽は、たった数十秒で、これほど人々を熱狂させるのでしょうか。
その秘密の多くは、クラシック音楽が数百年かけて磨いてきた、人の心を動かす技術にあります。
今回は、16歳から指揮棒を握り、現在は関東を中心に複数の楽団でトレーナーを務める筆者が、映像音楽に息づくクラシックの技法を、『VIVANT』のメインテーマを一例に、名曲と聴き比べながら読み解いていきます。
『VIVANT』の冒頭で鳴り響くのは、低音から高音へ駆け上がる緻密な弦楽器の刻みと、重々しい金管楽器の響きです。聴いた瞬間に「何かが起きる」という焦燥感を煽ってくる、あの音。
これは後期ロマン派の交響曲——マーラーやチャイコフスキーが好んで用いた、圧倒的な力や「逃れられない宿命」を象徴する和音の配置と同じ系譜にあります。
さらにその上に乗るオーケストレーションの異国情緒は、ロシアの巨匠リムスキー=コルサコフの『シェエラザード(いわゆるアラビアンナイト)』に通じます。物語の暴君を象徴する重々しい金管のテーマは、バルカ共和国の果てしない砂漠と陰謀を描く『VIVANT』の世界観と、驚くほど響き合っています。
👂聴き比べのヒント
『VIVANT』:冒頭〜(重厚な金管の導入)
『シェエラザード』第1楽章:冒頭〜(威圧的な金管のテーマ)
別班とテント、公安が入り乱れる『VIVANT』の追撃戦。あの緊張感を最後まで支えているのは、曲全体に流れ続ける16分音符の細かな刻みです。
この「押し寄せる脅威」をオーケストラで描く技法を確立したのが、ホルストの組曲『惑星』より「火星──戦いをもたらす者」。5拍子で迫り来る不気味な低音のリズムは、映画『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーのテーマにも影響を与えたとされる、王道中の王道です。『VIVANT』のサスペンスフルな展開は、この系譜の延長線上にあります。
👂聴き比べのヒント
『VIVANT』:曲全体を支える16分音符の細かな刻み
「火星」:冒頭から奏でられる5拍子の不気味な低音リズム
『VIVANT』のテーマは、ただ暗く重いだけではありません。中間部ではふと哀愁を帯びた旋律が現れ、絶望の中に希望が差し込むような瞬間が訪れます。短調の進行に、一瞬だけ長調の和音を挟み込む「モード・ミクスチャー(借用和音)」という技法です。
この「暗闇から光へ」というドラマの最高峰といえるのが、チャイコフスキーの交響曲第5番。第1楽章で暗く鳴っていた「運命のテーマ」が、第4楽章では輝かしい長調に姿を変えます。『VIVANT』が持つ物語る力もまた、こうした古典交響曲の伝統の上に成り立っているのです。
👂聴き比べのヒント
『VIVANT』:中間部の長調と短調が行き来するドラマチックな展開
交響曲第5番 第4楽章:冒頭(暗かったテーマが劇的な長調に変貌する瞬間)※動画の38分40秒過ぎから
『VIVANT』のテーマには、力・宿命・敵を思わせる「メイン主題」と、愛・人間性・味方を思わせる「副主題」という、2つの対照的なモチーフが存在します。この2つが1曲の中で衝突し、変容していく構造は、クラシック音楽が長年培ってきた「ソナタ形式」の伝統そのものです。映画音楽や劇伴において、音楽そのものが物語を語るという王道技法は、ここでも息づいています。
| クラシック楽曲 | 共通する技法・特徴 | 聴き比べの注目ポイント |
|---|---|---|
| リムスキー=コルサコフ『シェエラザード』 | エキゾチックな管弦楽法と金管の重厚なテーマ | 『VIVANT』冒頭の低音金管と、暴君を象徴する威圧的な金管のテーマ |
| ホルスト『惑星』より「火星」 | 低音弦・管楽器による連続的な刻みリズム | 『VIVANT』を支える16分音符の刻みと、5拍子で迫る不気味な低音 |
| チャイコフスキー 交響曲第5番 第4楽章 | モチーフの変容、短調から長調へのカタルシス | 中間部の哀愁と希望の交錯、絶望から光への転換 |
『VIVANT』のメインテーマが私たちの心を揺さぶる理由は、派手な音を鳴らしているからではありません。数百年かけて磨かれてきたクラシック音楽の「物語を語る技法」——オリエンタルな管弦楽法、追い立てるような刻み、絶望から希望への和声変化、そして2つの主題がぶつかり合うソナタ形式——それらが根底に流れているからです。
「クラシックは堅苦しいもの」と思われがちですが、実はその音楽は、『VIVANT』のように、私たちがクラシックだと意識しないほど自然に、ドラマや映画、ゲーム、CMなど、現代のエンターテインメントに息づいています。
次に『VIVANT』のサウンドトラックを聴くとき、あるいは他のドラマや映画の劇伴に耳を澄ませるとき。物語を彩る特徴的な低音やリズムにも、少しだけ意識を向けてみてください。
9月4日、クラシックの日は、そんな”隠れロマンティック探し”にぴったりの一日になるはずです。
1. リムスキー=コルサコフ:交響組曲『シェエラザード』第1楽章
2. ホルスト:組曲『惑星』より「火星 — 戦いをもたらす者」
3. チャイコフスキー:交響曲第5号 第4楽章
記事:研究員 柴田 英知
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