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「クリスマスマーケット」という響きには、冬の空気をそっと揺らす魔法がある。その言葉を耳にしただけで、胸の奥に小さな灯りがともり、冷えた指先にぬくもりが戻ってくるような感覚が生まれる。
暖色の灯りが澄んだ空気をやわらかく包み、ホットワインの香りは白い息と混じって夜の気配に溶けていく。静かな光に抱かれた木の屋台をそぞろ歩けば、時間がほんの少しだけ歩みを緩め、足元の影までも丸みを帯びていくように感じられる。 クリスマスマーケットとは、都市がわずかに童話の質感をまとう空間なのだろう。
私たちがイメージするドイツ風、もしくはヨーロッパ風のクリスマスマーケットは、2000年代前半に大阪や札幌で本格的に始まり、2010年代には横浜・東京・福岡へと広がっていったとされる。全国に定着したのは、ここ10〜15年ほどと比較的新しい催しだが、いまでは冬の街の景色の一部となり、規模も動員も毎年のように更新されている。
振り返れば、かつての日本のクリスマスはまったく異なる光景だった。 12月24日の夜景、予約しておいたレストラン、贈り合う高価なギフト。それらすべては、恋人たちのために用意された特別な舞台だった。恋人がいない人にとっては、どこか肩身の狭い行事でもあった。

しかし、現在のクリスマスマーケットは、その価値観から大きく離れた場所に立っている。 では、なぜこれほど多くの人々が、寒い冬の都市にひらかれた屋外の広場へと自然に吸い寄せられていくのだろうか。この記事では、その理由をひもときながら、現代に芽生えつつある新しいロマンティックを探っていきたい。
長いあいだ、日本のクリスマス文化には「恋人と過ごすもの」という前提が根強く存在していた。だが近年、この前提そのものが静かに溶けはじめている。複数の調査が、それを裏付ける。
内閣府「男女共同参画白書」(2022年)によれば、20代男性の65.8%、女性の51.8%が「恋人も配偶者もいない」と答えている。さらに20代独身男性の約4割は、これまで一度もデートをしたことがないという。恋愛関係を結ばずに日々を過ごす若者は、もはや例外ではなく普通の存在となった。

SHIBUYA109 lab.の調査(2023年)では、「恋愛は人生に必要不可欠」と答えたZ世代は12.8%に過ぎず、57.5%が「恋人は必ずしも必要ではない」と答えた。かつて大人たちが信じていた「恋愛こそ成熟の証」という価値観は、静かに役目を終えている。

また、WebメディアNoFrameの調査(2025年)では、「恋人が欲しい」56.6%に対し、「欲しくない」「あまり欲しくない」が43.4%と、差が縮まりつつある。

さらに、BIGLOBE「Z世代の意識調査」(2022年)では、男女とも5割以上が「恋愛はめんどくさい」と答えている。ため息のような、しかし率直な言葉だ。
世代・トレンド評論家の牛窪恵氏による2024年のレポートでは、「恋愛ってコスパ悪い」「結果が分からないのにお金も時間もかかる」「それより楽しいことがある」といった若者たちの声が紹介されている。同氏はこれらの声を踏まえ、いまや「恋愛よりも楽しいこと」がいくらでもある時代だと指摘する。同時に、ストーカー、デートDV、リベンジポルノといった“恋愛に付随するリスク”が広く語られるようになり、恋愛はかつてのような特別な輝きというより、慎重さを要する行為へと姿を変えつつあると分析している。
これらの調査を総合すると、恋愛の後退は行動・価値観・欲求・感情・リスク認知という複数のレイヤーで同時に進んでいることが分かる。結果として、クリスマスを貫いてきた恋愛至上主義という軸は、静かにその力を弱めつつある。
恋愛という軸が薄れたとき、人々は「誰と過ごすか」よりも「どう過ごすか」へと意識を移す。関係性の自在さこそが冬の楽しさを形づくり、そこにクリスマスマーケットが寄り添っていく。
クリスマスマーケットには、祝福の気配が満ちている。手に取る小さなオーナメント、湯気の立つ飲み物、ふとした贈り物の衝動。それらは、かつて恋人へ向けられていたギフトの重心を、家族や友人、そして自分自身へとそっと移し替えていく。 クリスマスはいま、恋愛的ロマンティックから、祝福的ロマンティック(ギフト)へとゆっくり形を変えているのだろう。
もうひとつの力は、マーケットが生み出す非日常感だ。光の揺らめき、木の屋台の温もり、音と香りが重なりあう賑わい。それらすべてが、都市の一角を短い間だけ別世界へと変える。 これは、恋愛とは異なる物語性を紡ぐ、幻想的ロマンティック(ファンタジー)の体験だ。

そこでは、恋愛以外の関係性が静かに肯定されている。 友人と並んで歩く人、家族で屋台を覗き込む人、ひとりで灯りを眺める人。写真を撮り、SNSで小さな物語を共有し、それぞれのリズムで冬の夜を楽しむ。恋人がいるかどうかは、もはや中心ではない。
クリスマスマーケットとは、現代の価値観が選び取った「関係性の自由を祝う広場」なのかもしれない。
恋愛が人生の中心ではなくなったとき、ロマンティックはどこへ向かうのだろう。 その答えのひとつが、クリスマスマーケットにある。
誰かを強く求めなくても、心が温まる瞬間はある。 特別な関係でなくても、祝福は生まれる。 恋愛に依存しないロマンティックが、光の下にそっと立ち現れている。
現代のクリスマスは、静かにその方向へ舵を切りはじめている。
記事:研究員 佐々木 康弘
【主な参考資料・出典】 2025年12月9日閲覧
※本記事は上記資料に加え、関連メディアの公開情報を対象としたデスクリサーチ(編集部調べ)に基づき作成しています。
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